日露戦争物語の評価・考察・紹介


日露戦争物語の評価・考察・紹介日露戦争物語とは、江川達也さんの歴史漫画です。日露戦争物語は司馬遼太郎の名作「坂の上の雲」を踏襲しつつ、江川先生独自の歴史観を組み込み描かれた作品です。坂の上の雲と同じく、主人公は秋山真之。かの日本海海戦で連合艦隊を勝利に導いた作戦主任参謀です。坂の上の雲を中心にしつつ、日露戦争までの日本の道のりを描こうというコンセプトです。

江川達也氏は、主人公を山本権兵衛にしたかったようですが、坂の上の雲を基本に据えるとどうしても秋山真之と秋山好古、そして正岡子規を中心に描かざるを得なくなってしまったみたいです。担当編集者との打ち合わせの結果、山本権兵衛ではなくやはり秋山兄弟を主軸に据えることになったそうです。

秋山真之と正岡子規との関わりが前半を占めており、秋山好古はかなり怖い厳格な軍人として登場します。しかし、弟真之のために学費を工面したり、すごい人物でもあります。江川さん独特の人物像が見どころで、正岡子規をはじめとして多くの歴史上の人物たちが江川風味に味付けされて、面白おかしく読むことができる、とてもいい作品です。基本的に史実をなぞる形で物語は進行し、明治という時代を描いた珍しい作品と言えるでしょう。

日露戦争物語とタイトルがついていますが、実は日露戦争まで物語は進んでいません。日露戦争が1904年から1905年、明治37年から明治38年ですが、日露戦争物語では1894年から1895年、明治27年から明治28年までの日清戦争までで終わりを告げます。日露戦争の10年前で終了してしまい、日露戦争までいけませんでした・・・。

江川先生が、かなり精緻に物語を描いてしまい、なかなか物語が進行しません。ある時は尾崎紅葉や山田美妙、塩原金之助(後の夏目漱石)などの文学界の物語を絡めてみたり、幕末の話がかなり関係してきたりと、歴史の興味を広げるのにはもってこいのマンガではないかと思います。

明治という時代は、歴史上にポンと突然現れた近代社会ではなく、幕末という激動の時代があってこそのものだという事が分かります。明治の政府を主導した伊藤博文なども登場し、よく回想として吉田松陰や高杉晋作が登場します。また、陸奥宗光や勝海舟も登場して坂本竜馬の回想が始まります。本当に多岐にわたる知識を吸収できて、読んでみてもいいでしょう。

正直、もはや日露戦争物語ではなく、日清戦争物語と言っていいでしょう。坂の上の雲では知ることができなかった、日清戦争のことがよくわかります。日露戦争で活躍する”彼ら”が日清戦争では何をしていたのかという所が見どころですね。乃木希典は本当に少し出てきますが、残念ながら児玉源太郎はほとんど登場しません。鈴木貫太郎や白川義則、高橋是清などの昭和期にも活躍した人物も多く登場します。

坂の上の雲の冒頭で、司馬遼太郎さんが書いているように、この物語の主人公はある特定の誰かという訳ではなく、明治期の日本社会そのものだという作品のスタイルです。明治という時代の苦悩・ジレンマ・楽天性などの空気を頑張って描こうとしています。しかし、特に物語内容で大部分を占めるのが、外交と軍事の部門です。結果、漫画としての主人公である真之があまりマンガのストーリーに関係してこなくなってきます。

戦史については解説はかなり踏み込んでおり、これだけ日清戦争を描いた漫画はおそらく後にも先にもこれ一作品だけでしょう。ナポレオン戦争から国民皆兵にまで話がおよび、モルトケ、メッケルなどにまで解説が及びます。そして、作品の最後では石原莞爾にまで話が及ぶので驚きです。

日清戦争のハイライトである、平壌攻防戦や黄海海戦は本当に詳しく描かれています。巡洋艦の砲の配置から戦術レベルまで、本当に勉強になりました。こうして日本海軍は作られていったのかと感心します。艦の速力とは、戦術とは、砲とは、当時の試行錯誤の時代があって、次の時代があるのですね。

本当に多くの人物が登場しますが、私の好きなのは陸奥宗光、山本権兵衛、南方熊楠などがいいですね。史実でももちろん尊敬する人物達ですが、江川達也さんの作風でも十分魅力的でいいと思います。

多岐に物語が及んだために、結局日清戦争も終了していません。最後の方は、解説だけのマンガになってしまい、江川さんもかなり大雑把に描いています。急ピッチで進んだせいで終盤はかなり事実と異なる点も見受けられます。その結果、歪んだ歴史観だと非難する方もいるようです。

しかし、歪んだ歴史観というのはまったくもってあてはまらないと思います。その当時の経済的・外交的な要因によって戦争が起こり歴史をが作られます。そこには正しい道やこれが正義だと言えるものはありません。どの国も戦争をして、国益を求めます。”正しい”なんてものは、大義名分という名の下に誰かが主張したプロパガンダでしかないのです。

歪んだ、歪んでいないという批評は歴史家個人の解釈の違いですから、この歴史観が正しいと断ずることは出来ませんね。そもそも、歴史を知ること自体、かなり色々な思想や利害関係の影響を受けます。誰かが調べた歴史、歴史の資料ですら誰かの意図というフィルターがかかります。調べた歴史自体、何が正しいかなんて正直わかりません。

日露戦争物語、歴史好きは一度読んでみるといいかもしれません。