戦艦紀伊と聞くと、軍事オタクは知っているかもしれません。世界最強を目指して建造されたのが、かつての日本海軍が誇った大戦艦大和です。しかし、実は大和をしのぐ大戦艦の計画がありました。それが紀伊型戦艦です。
1944年や1945年の海戦、具体的にはレイテ沖海戦や沖縄特攻作戦で、大和と武蔵は沈没してしまいました。結果的に戦史を勉強すれば、間違いなく空母航空戦力が決定的な勝利を得るために必要な戦備であったことが分かります。アメリカはエセックス級空母を大量生産し、日本はアメリカの大機動部隊に敗北しました。
しかし、それは決して戦艦という艦種自体がまったく役に立たなかったという事ではありません。不沈戦艦紀伊は原作が子竜螢、作画が神矢みのるのマンガです。本の中でも触れていますが、もし日本にエセックス級と同じ数の大和があれば、菊水作戦はどうなっていたのか?という仮説が非常に興味深い点です。
不沈戦艦紀伊は、戦艦は決して空母という艦種に劣るわけではないというテーマが根底にある作品です。特に史実のレイテ沖海戦では、非常に面白い戦局まで行ったことは確かです。戦艦武蔵は魚雷・爆弾を数十発くらっても沈没しませんでした。米軍は何より、その大きさ以上に不沈性に驚いたといいます。
大和級20隻余りを保持するというのは、当時の日本の財政状況から考えて不可能です。何せ大和一隻は国家予算の3パーセントを使って建造されました。予算を獲得するために、戦艦や駆逐艦を多数建造するという名目で議会に申請したのですから規模が違います。
平成27年の日本の国家予算がだいたい96兆円、単純計算して3兆円弱が大和建造に充てられたという換算になります。現在海上自衛隊の最新鋭イージス艦あたご級がだいたい1500億円と言われています。また単純な計算をしてみると、あたご級が20隻分建造できるという計算になるわけです。
大和級を20隻とか、そんな財政破綻まっしぐらな軍拡は絶対にできません。そこで、もし大和をしのぐ戦艦を建造できたのならどうなっていたのだろうという仮定が始まります。数で押すのではなく、大和級の弱点を改め、さらに火力・防御力・速力を増強した唯一無二の大戦艦を建造したとしたらどうでしょう。不沈戦艦紀伊は、戦艦という艦種にスポットを当てた、興味深い作品だと思います。
しかし、作品の空気は熱血少年太平洋戦争戦艦漫画。米兵は肉つきの良い、いかにもヤンキー、日本人はいかにも国のために死力を尽くす忠勇な軍人と、わかりやすすぎる構図となっています。米軍の艦載機を圧倒的な対空砲火で退けるなど、妄想戦艦に近いと思いますが、単純に読めるので、読んでて痛快です。
また、史実の人物が多く登場していているのが魅力です。豊田副武や米内光政、神重徳や木村昌福、宇垣纏、志摩清英などの提督が登場します。みんな有能すぎでしょW、と思ってしまうほど。太平洋戦争の終盤を、連合艦隊を生き残った戦艦を中心にして戦うという、逆転の太平洋とも呼ぶべき仮想戦記です。
ただ、作風は少年漫画、ミニタリー的なテーマとしては面白いですが、作画がその空気にあっていない気がします。興味本位で読んでみてもいいかもしれません。